「黒磯」の街は広大な那須野が原にあります。清流那珂川も流れ、自然環境はバツグンです。新幹線の開通で、いまでは東京も“通勤圏”です。
ところで、ご存知でしたか。かつて、那須野が原は、「那須野に優る狩座なし」といわれ、鎌倉武士の格好の狩り場だったことを。また、“源平屋島の戦い”で、扇の的を射落とし一躍名をあげた「那須与一(なすのよいち)」は、那須野が原の出身?と言われています。この雄大な自然で、腕を磨いたことは、容易に想像できます。
「確かに、歴史で学んだことはあります。でも博士、そのことが地名に関係あるんですか?」。あります。地名というのは、自然や歴史と密接に関係しているんです。古い地名であればあるほどこの傾向が強い、と言えます。「博士、では黒磯という地名は、那須野が原とどう関係があるんですか?。
それでは、本題に入りましょうか。なぜ黒磯の地名が誕生したのか。これには諸説がありますが、ここでは代表的な説を取り上げることにしましょう。ひとつは、こうです。さきほど那珂川が流れていると言いましたが、この川の磯が黒いところから、という説(那須野の科学)。もう一つは、土地開拓の草分けである黒館五郎(くろだてごろう)と磯勝光(いそかつみつ)の名から(下野名蹟誌)、という説。さらに、この黒館五郎の出身地・和泉国(大阪)黒館村と、磯勝光の出身地・山城国(京都)磯谷村の故郷の地名から(渋井家文書)、という説……です。
「これだ、という決め手はないんですか、博士」。歴史のある地名だからこそ、この説が正解と断定するのは難しいんですね。言えることは、那珂川の磯からという説も、“フロンティア・スピリット”に燃えた開拓者の名前から、出身地からという説も、黒磯という土地の自然や歴史が詰まっているということです。
「地名は自然や歴史の“代弁者”なんですね、博士」。そのとおりですね。黒磯という土地の独自の歴史や自然が、時代を超えて脈々と受け継がれている、と言えるのではないでしょうか。 |
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