地名の由来
益 子(ましこ:栃木県芳賀郡)
とちぎん博士益子といえば、ごぞんじ「益子焼」の産地。そんなわけで、益子はとちぎの中でも、日光や鬼怒川などとともに、知名度の高い地名のひとつ、と言えます。
 そこで問題です。益子という地名は、いつごろから呼ばれているのでしょう。「いつ頃かだって?それは、500年続いた益子氏が城を築いた鎌倉期とは違いますか。」郷土の歴史に詳しい方なら、こう言われるかもしれません。そのとおりです。正解といえるでしょう。でも、益子氏が“益子城”を築く前に、「益子」という地名はあったのです。「益子」と書かなくても、少なくとも「ましこ」と呼ばれていた、というのは間違いないようです。
mashiko  ルーツ探しの道は、まだまだ、続きます。こんなとき、頼りになるのが、歴史書や古文書です。それによると、益子は「増子(ましこ)」、「猿子(まし(ら)こ)」とも書かれていたとあります。
 「ということは、益子となる前は、『増子』か『猿子』だった、ということ?」。そうです。その可能性は強い、と言えます。「でも、増子はなんとなく解るような気がするけど、猿子の方はどうも…」。読者の多くが思うことでしょう。
 ところが、実は「益と増と猿」には、共通の意味があるのです。益と増は「ます」「ふえる」の意味です。問題は「猿」です。この「猿」は、動物のサルのことですが、この字は、優(まさる)が転じたもの、という説もあります。共通した意味とは、“他より優れる”“高く抜き出ている”という点といえるでしょう。そして「子」には、場所、位置を示す、意味があります。
 つまり、益子(ましこ)とは、“優れた所、高い所”がルーツ、と言うことができそうです。そういえば、街の高台には城跡が残っています。“益子城主”紀氏(益子氏)が、「益子」を名乗ったというのも、これで、うなづけますね。
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