「大沢」は、江戸時代には日光街道の、江戸から19番目の宿場(日光街道21宿)として栄えた街です。「博士、街には杉並木街道も残っているし、歴史と伝統を強く感じますね」。そうですね。杉並木が続く街道を、たとえば大名行列がゆっくり通り行く、ということを想像してみてください。それだけでも、ワクワクしてくるでしょう。
さて、本題に入りましょうか。重厚な歴史を今に残す大沢の地名のルーツ探し。…ところでみなさん、大沢について何か解ったこと、気づいたことはありますか?「地図をみると赤堀川とか田川、行川など川が多いということ。それに「水無」とか「土沢」という川に関係のある地名もあるし…地形に関係がありそうですね、博士」。いいところに気付きましたね。大きな沢、だったからでは?という推測でしょう。「はい」。確かに地名は自然環境や歴史と密接に関係していますから、ひとつの説といえるでしょうね。
「…博士、他にも説があるんですか?」そのとおりです。文献によると大沢のルーツは、こうです。時をさかのぼること800年の建久年間(1193年)、源頼朝(よりとも)が那須野の狩りに訪れたとき、この地に4人の従者を居住させ、開墾に当たらせたのが地名の始まり…と。「どういうことですか?博士」。話を続けましょう。この頼朝の恩沢(おんたく=情けとか恵みの意)に預かったことにちなんで始めは「恩沢」(おんたく)と称し、その後、大沢(おおたく)となり、さらに現在の「おおさわ」という読みになった…。この説が有力のようです。「…そうなんですか。なにげなく住んでいる自分たちの街も、調べてみるといろいろな由来があるんですね、博士」。そういうことですね。
間近に日光連山を仰ぐ豊かな自然、さらに杉並木をはじめ、板橋城址、猪蔵城址などの歴史を肌で感じる「大沢自然遊歩道」と呼ぶハイキングコースもあると聞きました。みなさんも一度足を運んでみてはいかがでしょうか。 |
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