さっそく問題です。「相模の地名は、相模町にある大聖寺(大相模不動尊)と関係がある」。これホントか、ウソか。
最初から唐突な質問ですが、いかがですか。すぐに答えられる人は、相当な“ものしり”です。地元で生まれ育った人でも、意外と知らないのが、地名の由来なんですね。
さて、相模の地名のルーツ捜し。キーワード「大聖寺」を解き明かしていくことから、始めましょう。
ところで、大聖寺は別名「大相模不動尊」とも言われています。いや、この呼び名の方がむしろ一般的なんですね。実はこの不動尊、名が示しているように、相模国(神奈川)と関係が深いお寺なんです。
「ということは、博士、相模の地名は、相模の国(神奈川)から……?」そのとおりです。「では、お寺とは、どんな関係があるんですか?」。
寺伝によると、この不動尊には、相模国大山寺(神奈川県伊勢原市)の不動尊と同木、同作の不動明王像が祀られていて、このことにちなんで、地名は「大の相模」と呼ばれるようになった、と言われています。
別の見方をすれば、この不動尊は地名になるほど、街のシンボルだったということでしょう。中世には、かなり栄えた不動尊だった、とも聞きます。
「博士、なぜ、相模でなく「大相模」に?」。いい質問ですね。さきほど大山不動と同木、同作の像、といいましたが、寺伝には、こちらの不動明王像の方が、木の根元で造られているので、「大の相模」と呼ばれるようになったとあります。それが本当かどうかは別にしても、「立派な不動尊に」という願いが、「大相模」という名称に繋がったことは、想像できます。
「では、いつ頃から、大相模と呼ばれるようになったのですか?博士」。戦国期に、「大相模郷」として登場したのが始まりなんですね。明治期には「大相模村」、そして現在は「相模町」として、受け継がれてきたわけです。
みなさんもご存じのように、大相模の名は、いまも小学校、中学校などに残されているでしょう。これも、歴史ある地名の“名残り”と言えるのではないでしょうか。 |
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