この街の最寄りの駅・自治医大駅は昭和58年に開業しましたが、JR東北線では、大学名の入った駅はここだけなんですね。自治医科大学ができて、街はいっそう活性化している、と言っていいでしょう。
さて、本題に入りましょう。自治医大が設立された地「薬師寺」の地名のルーツさがし…。「博士、聞いたことがあります。昔、薬師寺という大きなお寺があったからだって」。その通りです。正確には下野薬師寺と呼びますが、このお寺が地名のルーツということは間違いなさそうです。
「いつ頃、下野薬師寺は建てられたのですか、博士」。創建された年代については諸説があります。が、有力なのは、今から1300年ほど前の7世紀末頃、天武天皇の時代という説です。「歴史の古いお寺だったんですね、博士」。そうですね。下野薬師寺はその後、東国仏教文化の中心地として発展し、奈良の東大寺・筑紫の観世音寺と並ぶ日本三戒壇(かいだん)の一つとなったのです。
「博士、戒壇ってなんですか?」。戒壇とは、お坊さんになるための修行をし、戒律を受けるためのお寺のことです。当時は東海道足柄峠から東の坂東10か国でお坊さんを志す人は全て、下野薬師寺で修行しなければいけないきまりになっていたといいますから、格式の高いお寺だったんですね。
それにしても、時がながれ、この地に医大ができ、崇高な志をもった若者が全国から集まってくるというのも、不思議な縁だと思いませんか。
北に日光連山、東に筑波、そしてはるかに富士山を望むこの地に自治医大ができて20数年が経ちました。駅ができ、道路が整備され、おしゃれな街並みができました。これから先、東に望む筑波と同じように、学園都市として、さらなる発展が期待されます。 |
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